かめ の歴史

甕(かめ)は平安時代の中頃から始まりました。
この時代のものは還元焼成のため色は灰色で、大きさも一石以上の大きな甕はありませんでした。
当時は祭器や葬具として使用されましたが、やがて穀物や水の貯蔵など日常雑器として永い時代に 渡り用いられました。
しかし巨大で丈夫な貯蔵を売りものに支配して来た備前の大甕も、江戸時代になって桶、樽が全国 的に普及したため、やがて締め出される運命となりました。
一石以上の大甕が江戸初期まででピタリと止まった理由は需要が大幅に減少したためです。


西暦
時代 形状 特徴
1192〜1393
鎌倉時代
(熊山窯)
     200年
大きさは一石までで平易な形
玉縁口縁がある
肩に張はなく全体に球形
紐造りで蹴轆轤仕上げ
箆を使い箆目が見られる
酸化焼成で茶色
窯変は殆どない
小石がまじている場合もある。
1394〜1491
室町初期〜
中期
(浦伊部窯)
     100年
大きさは一石まで
初期は胴が張り、中期はや々細くなる傾向
口縁の捻り返しは小さい
紐造りで轆轤仕上げ
箆を使い箆目が見られる
土の粒子は粗く山土で、さくい感がある
1492〜1572
室町時代
(山麓窯)
     100年
一石以上が焼かれるようになる
最大3石9斗(実質は4石)まで
肩は少し張り胴は丸く尻すぼみ
や々垂直に立ち上がった外縁で豪快、三本程度の溝をもつ
大甕が現れる
肩の辺りに窯印がある
窯変は見られる
紐造りで轆轤仕上げ
土は粒子が細かく田土
年代を刻まれた物もある
1573〜1623
桃山時代
        50年
室町末期と同じ

口縁は厚く口縁の高さもある
肩ははり豪快



肩の辺りに窯印がある
いろいろな窯変が見られる
紐造りで轆轤仕上げ
重量感がある
仕上げで箆目は見られない
土は粒子が細かい
1624〜1867
江戸時代
(大窯初期)   60年
(大窯中期) 120年
(大窯末期)   30年
(天保窯)      40年
一石以上の大甕は江戸初期までで止まる

桃山時代末期と同じ
江戸時代中期より形は様々となる
胴の張りがなく尻すぼみでずん胴
この時代歪品が多い

土の粒子は細かい
江戸時代中期より窯変は見られない
伊部手が多い
   

 


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